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幸福実現党 加藤文康 12月7日(月) 公式ブログ

加藤文康(かとうぶんこう)のブログです。

 

 

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Posted on 22:35:51 «Edit»
2009
12/07
Mon

Category:日々の加藤と仲間たち

12月7日(月) 


超多忙の日々に突入する前に、
緊迫する国際情勢を肌で感じたく、
特に中国の最新の雰囲気を知っておきたく、
台北経由で香港に入り、上海と、駆け足で廻ってきました。

この一帯を訪問するのは、学生時代以来、
四半世紀ぶりになります。
矢内筆勝さんも、先般、参院補選前に訪中し、
衝撃の体験談をいろいろと聞かせてくれましたが、
やはり、百聞は一見に如かずでした。



以下、青春の思い出にも多少、触れながら、、、

1980年代前半、中国は海外の旅行者に対して、
団体以外は、門戸を開いていませんでしたが、
なぜか、当時も、香港では自由旅行用のVISAがとれたのです
世界放浪中だった私も、”一日2~3百円で生活できるよ!”という
仲間の情報に引き寄せられて、香港へと向かいました。

やはり噂どおり、香港では、
30日間(さらに現地延長可)のVISAが取得可能でした
(さすが! 何でもありの香港~)

25年前のある朝です。
香港セントラル駅に集合。
現地旅行社の、いかにもアルバイトといったガイドの兄ちゃんの引率で、
たまたま一緒になった連中と、中国の国境を目指しました。
国境といっても、
東京の私鉄と全く変わらない、近代的な電車に乗ってわずか数十分。
LOWUという香港の地下鉄線の終着駅が、国境でした。

そこで、前夜、旅行社に預けておいたパスポートを返してもらうと、
ページの中に、確かに中華人民共和国の、
ちょっとインクの滲んだVISAを発見して、
隣のアメリカ人と感動を分かち合ったのを覚えています
(ただ、私のVISAは、直前に訪問した台湾(中華民国)VISAの
 隣ページに押印されており、これには思わず苦笑しましたが、、、

「では、僕の仕事はここで終わり。 皆さん、気をつけて~」と
香港のアルバイト兄ちゃんが、含み笑いをして帰っていきます。
 (その意味は、このあと、充分に思い知ることになります、、、)

ハイセンスな制服に身を包んだ女性入管職員に
見送られて、香港をあとに。
小川があり、小さな橋を歩いて渡ると、
そこはもう中国領、国境の町シェンチェンでした。

空気が、いきなり埃っぽくなり、独特に匂いが漂っており、
眼前には、テレビでよく見ていた毛主席の大きな肖像。
そして人民解放軍、、、。
一瞬にして、数十年前にタイムスリップしたかのような、不思議な感覚でした。

そして、
雲霞の如き、人民服が醸し出す喧騒の中に放り出された、たった一人の自分、、、
他国とは全く違った、言いようのない心細さに襲われたのを思い出します。

これが、今から25年前の、一ヶ月に渡る中国サバイバル旅行のスタートでした。
余談ですが、いかにもツワモノといった欧米バックパッカーたちも、皆揃って、
”中国ほど、ハードな旅はない、インドやアフリカ以上だ”と
グチッていました。
確かに、汽車や宿の確保、食事の心配等、どれも一筋縄でいかず、
さらに、巨大な官僚機構や、中華思想を見せつけられ続けた一ヶ月の旅でした。
(何で、こんな苦労の多い旅に出かけたのか不思議ですが、
 やはり若さだったのでしょうね。今では全て、懐かしい思い出です。)


そして、話はシェンチェンに戻りますが
私の記憶に残るその町は、
やたら大きな、コンクリートむき出しの駅舎、
駅前は汚い宿に大衆食堂、
地べたに屯する無数の人々、
そして、水牛が耕すのどかな水田が広がる、そんな世界でした。

あれから25年。
今回、再訪した国境の町は、
近未来的デザインの超高層ビルが林立し、
スターバックスや、マクドナルドにユニクロ、
そして都会のあらゆる様相を備えた、
危険で、騒然とした町へと変貌していました。

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あまりの変貌に衝撃を受けつつ、
様々なことに想いを馳せた、貴重な数日間でした、、。