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幸福実現党 加藤文康 3月26日(土) 公式ブログ

加藤文康(かとうぶんこう)のブログです。

 

 

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Posted on 01:03:13 «Edit»
2011
03/27
Sun

Category:日々の加藤と仲間たち

3月26日(土) 


もう一昨年のことになりますが、2009年10月、
参議院補選に神奈川選挙区から立候補した時のことを思い出します。
立党から四か月の幸福実現党は、その二か月前、
真夏の天下分け目の戦い・衆議院選挙に惨敗。
党全体に敗北感が漂う中での、私自身も虚脱感と疲労感の中での立候補でした。

それでもなぜ立ったのか。そこには、他の現職の実現党幹部が尻込みする中、
「ここで前進を止めたら、あの真夏の戦いを共に駆け抜けた全国の同志たちの汗と志がムダにしってしまう」という、私なりの使命感がありましたし、
それ以上に、
「我が国・日本は、本当にこのままでよいのか~」という、
義憤とも悲しみともつかぬ想いがありました。


2009年10月当時、発足間もない鳩山由紀夫・民主党内閣は、8割近い高支持率を得ていました
私が立候補した参議院神奈川補選は、こうした状況下での、最初の国政選挙でありました。
日本で最初に、鳩山政権を批判し続けることに選挙戦の18日間は、
実に厳しい日々でありました。
道行く人々の視線は刺すように冷たく、目には見えない石つぶてを投げつけられるような日々でありました。

そんな中で私が、街頭で、メディアで、国民に訴え続けたのは、
民主党政権の危険性と、現実のものにならんとする国難でありました。

「国民の命を守りたい、コンクリートから人へ!」という甘い言葉のもとに、続々と凍結される公共事業(その象徴が8割近く完成していながら、明確な理由もないままに建設中止となった八ツ場ダムでしょう)と、一方で露骨に進む人気目当てのばらまき政策(その代表が子育て手当、高等学校無償化や農家への戸別補償政策です)。

そして、外交・国防に目を向ければ、
自衛隊は嫌いで(その本心の一端を暴露したのが、あの有名な「自衛隊は暴力装置」なる仙谷発言でしょうし)、
アメリカ軍は出て行け、出て行けの大合唱です。(その結果が、日米同盟の根幹を揺るがす、普天間基地の移転問題の迷走となったのは明らかです。) 

さらに、こんな愚かな政権交代の背後には、
自社の発行部数を伸ばし、影の権力を謳歌したいという、一部巨大マスコミの欲望と思惑があることも、
私なりに街頭でひしひしと感じていたものです。



日本人は忍耐強く、高い倫理観や世界最高レベルの技術を有する国民です。
いずれ、東北沿岸部にも復興の槌音が聞こえてくることでしょう。
しかし、本格的な復興が始まる前に、
国民全体が知らず知らずのうちに重ねてきたその過ちに気づくことが大事です。
それが、東北地方を、そして日本を、
新たな未来への飛躍に導く鍵になりますし、
失われた数多くの尊い人命に、残された者が報いていく道でもあると思えてなりません。
ではまた。