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幸福実現党 加藤文康  GWの夜の余談 公式ブログ

加藤文康(かとうぶんこう)のブログです。

 

 

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Posted on 23:49:01 «Edit»
2016
05/04
Wed

Category:日々の加藤と仲間たち

 GWの夜の余談 


首都圏では、五月晴れが広がるGWの一日となりました。

今日のブログはいささか余談となりますが、お許し下さい。
「祖父 大平正芳」(渡邊満子著、2016年 中央公論社刊)を読みました。
大平と彼を取り巻く人々の人生が、大平の初孫にあたる著者の目を通して語られた書籍で、当時の息吹が伝わってきます。
実は、著者と私とは幼馴染みというほどではないものの、家が近く、同じ幼稚園に通っていたこともあり、懐かしい想いで本書を手に取った次第です。
(幼少時は意識していませんでしたが、既に外相や幹事長を歴任していた大物政治家の家に、私はよく遊びに行っていたことになります。)

振り返ると、三角大福中時代というのは、いかにも政治家らしい派閥の領袖達が派手に権力闘争を繰り広げた、ある意味、自民党に妙な活力があった時代でした。
大平が現役首相の福田赳夫を相手に大逆転劇を演じた1978年の自民党総裁選や、あの40日抗争と、暴力団顔負けの激しい抗争は、今も語り継がれています。

野党が通常国会終盤の定例セレモニーとして提出した内閣不信任案が、三木・福田反主流派の意地の張り合いによる本会議欠席の結果、よもやの可決となり、大平はただちに衆院解散を断行し、我が国は憲政史上初の衆参ダブル選挙となりました。
まさに昭和政治史の一大事件でした。
超人的な激務と、直前まで続いた過酷な外遊、そして心労にストレス、、、
その当時の大平首相の苦悩は察するに余りあります。

1980年5月30日、はからずものダブル選挙、大平の街頭演説第一声は、鈍牛とか、あ~う~宰相とか言われた日頃の姿からは想像もつかないほど激しく、拳を振り上げながら絶叫するものでした。
テレビでその姿を見ていた私は父母に、「いつもとは様子が違うね」と話したのを思い出します。
既に最初の心臓発作が起きていたのでしょう。
その日の未明に倒れた大平は虎の門病院に運び込まれたまま、6月12日未明に帰らぬ人となります。

当時、高校3年生で、たまたま深夜放送を聞きながら受験勉強をしていた私は、速報でダブル選最中の現役首相の死を知ります。

6月の夜明けは早く、窓の外には既に曙光が広がっていました。
そして、刻々と色彩が変わりゆく雲を眺めながら、一国の宰相の壮絶な死を通じて、「政局」や「選挙」といった軽さを超越した、何とも言えない国家運営の重みを感じたのを思い出します。
そして、実に不思議な感覚でしたが、
”自分も将来、この国の歴史を動かすための一助になりたい”という想いが込み上げてきたのでした。
受験勉強と寝不足で朦朧としながら、人生で初めて天の啓示のようなものを感じた瞬間でした。

さあ、そのときから早、36年が経ちました。
私自身、様々な経験を積みながらも、まだそれだけの力になり得ていない”もどかしさ”を感じる日々です。
されど、「永遠の今」という宗教的な座右の銘を胸に秘めて戦い抜いたこのクリスチャン宰相のように、
私も遥かなる未来を見据え、「永遠の今」を最後まで全力で前向きに戦い、死んでいきたいものだと、強く思います。

以上、脈絡のない余談になって失礼しました。

さて、GWの夜も更けてきました。
明朝は「こどもの日」にちなんだ街宣からスタートです。
皆様も、どうか実り多い連休をお過ごし下さい。


 


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